会えるということ。

今日も晴れていた。

暑いくらいだった。

 

僕が会ったことのない、若くして亡くなったじいちゃんのとなりに、

大好きなばーちゃんは入った。

 

戦争から帰ってこれたものの、身体を壊していたじいちゃんは早く亡くなって、

女手ひとつで三人の子供を育て上げたのは大変だったろう。

 

じいちゃんのことはどう思っていたのだろうか。

口数の少ない人だったから一回も聞いたことがない。

 

*

 

最後の日は青空で、それでもちょっと寒かったのを覚えている。

駆けつけてにぎった手は、冷え切った自分の手よりあたたかく感じたくらいだ。

こういうのは順番だからと頭ではわかっていたものの、たばこを吸ってくるとみんなに言って、車の中で「うわあぁーん」と小さい子供のような泣き方で泣いた。

いい歳こいたおっさんが、自分でもびっくりするくらいに。

ばーちゃんの前では子供のままでいる感覚なのだろうか。

 

いとこのねーちゃんが、最後が近い意識が朦朧としているばーちゃんが「けんちゃんは?けんちゃんは?」と自分を探してくれているのをiPhoneで撮影していて、その動画をメールで送ってくれた。

それを観てさらにグチャグチャになって泣いた。

 

*

 

葬儀は家族だけでひっそりと行う予定だったが、地方にいる親戚やら友人やらが続々と集まって、思ってたより盛大になってしまってなんだか変な感じがずっとしてた。

なんでみんな死んでから会いにくるのだろう?とずっと考えていた。

生きている時に話したり、笑ったり泣いたり、同じ時間を共有することの方が、価値があるように自分は感じている。

みんな高齢になって身動きも取りづらくなって、理由がなければ動けないのはわかるんだけれど。

 

葬儀以降のことは、儀式的なことのように感じてそんなに悲しくもなく、なんだか実感もわかずという感じだった。

親から葬儀のカメラマンを頼まれて、悲しんでる皆の姿を冷静にパシャパシャ撮っていた。

最後におばあちゃんの顔を撮ってくれと言われ、色々な思いに駆られたが、全身全霊で撮ってやれとシャッターを切った。

が、データを渡したものの、未だにその写真と向き合えておらず、自分はカメラマンにはなれねーなとも思っている。

 

焼き場に行くまではカメラマン気分で移動する親族を撮影していたが、焼き場につくと突然、気持ちが変わった。

他の人の葬儀の時は、焼き場までいくと「その人」はもうここにはおらず、命が入っていた「もの」が焼かれるという感覚だった。

今回はなぜか、「ばーちゃんの形を無くしたくない」と強く思った。なんだかよくわからないけれど。

棺が窯の入り口に近づくと、バァーっと自分の子供の頃の記憶が蘇ってきた。

自分の兄弟や、従兄弟のにーちゃんねーちゃんが、ばーちゃんに見守られながらキャッキャ遊んでる姿が、ばーちゃんが焼かれて形がなくなってしまうのと一緒に消えてなくなってしまうように感じた。

ただの記憶なのに。

昔のひとがミイラを作ったのは同じような気持ちだったのかなと思いながら、窯の中に入っていく棺を見て、最後に涙が溢れ出た。

 

*

 

今日は最後のお別れ。

ちょっと風も強かったけれど、あの日と同じように青空の中、最後に残った桜吹雪の中で、形を変えたばーちゃんは土の中に入った。

 

いまだに実感がわかなくて、あの部屋に行ったら10年くらい前の割烹着を着たばーちゃんが部屋でも掃除してそうだなと思ってしまっている。

いとこのねーちゃんは、「彼氏ができない」と愚痴を吐き出しに、ばーちゃんのとこへよく泊まりに行っていた話しをしてくれた。

ただ、だまって話を聞いて、愚痴りまくって腹の減ったねーちゃんに、具のない素のインスタントラーメンを作ってくれたそうだ。ばーちゃんらしい。

 

*

 

にこにこして優しいばーちゃんだったが、小さい頃に二回だけ怒られた思い出がある。

 

話を聞いて「えー、うそ?」という口癖を「ほんと?」って言いなさいと言われたこと。

それ以来、信じられないことを聞いても「ほんと?」って聞くようになった。

 

あと、戦時中を知っているばーちゃんは食べ物にはきびしくて、食べ残しをしたら怒られた。

それ以来、食卓に食べ物が残っているのがどうも気持ち悪く感じるようになった。

 

でも最近は大人になって、全部食べられなくて残すようになっちゃったよ、

ごめんね、ばーちゃん。

 

*

 

忘れないように書きなぐってみたものの、ちょっとまだ整理できてないみたい。

 

もしこれを読んでくれている人がいるなら、生きてるときに大切なひとにもっと会いに行ってほしいなと思う。

 

生きているうちに。

 

時間はあっという間に過ぎちゃうから。

 

どうかお願いします。